A.C.シエナ情報ブログ “今日のSIENA”

7年目のセリエA、正念場。

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ACシエナ観戦記 (04-05 / Giornata 31゜-32゜)  ~27~

前回は他会場の試合経過に野次を飛ばしあう両ティフォージの様子についてでした。

この頃には最初おっかないだけだったミラニスタにもだんだん慣れてきて、彼らを観察する余裕も出てきました。

とにかく元から声がでかいイタリア人が、一つずつのプレーにいちいち「オーッ!」とか「アーッ!」とか叫んで一喜一憂するのですが、その様子が本当に無邪気で楽しそうなのです。

前半はミランがかなりシエナを押し込む展開だったので、ミラニスタ(と私)からするとまるで他人事のように遠くで試合が行われていました。それでもシェフチェンコクレスポに惜しいシュートがあったりすると、ああーっと大きなため息をついて落胆したり。

私の目の前の少年も、シュートが外れる度に頭を抱えてのけ反って悔しがるんですが、その度に彼の頭越しに試合を見ている私の顔をかすめるので危ないったらありません。

前半のいつ頃だったでしょうか。確か半ば頃の時間、それまでシエナは攻められっぱなしでもよく耐えていたのですが、ついにミランのシュートがシエナのゴールに転がり込むのがこちらから見えてしまいました。

ゴールか!?ゴールか!?と色めき立つミラニスタたち。しかし選手たちが喜びもせずに引き返してくるので、どうやらノーゴールだと気づきます(オフサイドの判定だったのですが、あとで試合のビデオを見なおしたらオンサイドにも見えました。でもシエナの利益になるなら何も言いません)。
一気に湧き上がる準備をしていたミラニスタたちが「あーっもう!」って感じでため息をついたり、苦笑いをしたり。それがまた本当に楽しそうです。

彼らを見ていると、この人たちは本当にミランが好きで、素晴らしい選手たちが繰り広げるスペクタクルなサッカーが好きで、それを心から楽しむためにスタジアムへやってきているんだなあという気がしました。敵ながら好感の持てる人々で、ビアンコネロの私としてはちょっと複雑です。

それとスタンドが育む一体感、この時間を共有しているという感覚というものはものすごく幸福なもので、私は時折ミラニスタといっしょになって試合に見入ってしまっていました。

彼らも時間が経つにつれて、わざわざ日本から来たであろう物好きな青年に対して愛着を感じてきたみたいで、ふと目があった時の視線には温かいものがありました。それは今、この試合を一緒に見ているということが生み出してくれた感情でした(その度にみんなと違うものを応援していてスマン!という気持ちに駆られるのですが)。

思い返してみるとこれがカルチョの存在意義というか、恩恵というか。人々を結びつけてくれる力というものが、サッカーにはあるんだと強く思います。

続きはまた次回。
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